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東京高等裁判所 平成6年(ネ)3376号 判決 1996年2月21日

和歌山県和歌山市黒田一二番地

控訴人

株式会社東洋精米機製作所

右代表者代表取締役

雑賀慶二

右訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

東京都千代田区外神田四丁目七番二号

被控訴人

株式会社佐竹製作所

右代表者代表取締役

佐竹覚

右訴訟代理人弁護士

池田昭

右輔佐人弁理士

竹本松司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴人

原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実」の「第二 請求原因」及び「第三 請求原因に対する認否及び被告の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  本発明の「精白室」の意味

原判決三〇頁二行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「(5) そもそも摩擦方式精米機における精白室とは、米粒の糠層を剥がして精米作用を行うところであり、それを達成させるためには、米粒どうしを高圧(高密度)のもとで、こすれ合いを生ぜしめる必要があるから、「精白室」の要件としては、<1>米粒群が高密度に充満されること、<2>その米粒群に回転作用を与える精白転子と、何らかのブレーキ作用を与える精白筒が不可欠である。

これに対し、送穀室は、右<1><2>の両方が存在せず、精白室内に米粒を送り込む機能だけで、米粒群は低密度であり、ここで精白作用が行われるわけではないので、業界においても、古くから「精白室」と「送穀室」とは明確に区別されており、本発明の出願人自らも精白室は多孔壁除糠精白筒と精白転子とから構成されることを述べ、空間的にも精白室と送穀室を区別しているのである(乙第二七ないし第六〇号証、特に、同第二七、第二八、第三〇、第四二ないし第四四、第四六、第四七号証)。

控訴人製品においても、送穀室は、米粒群を移送する作用を有するのみで、精白作用を有しておらず、右<1><2>のいずれもが存在しない。送穀室内の送穀螺旋の最先端部は局部的には精白室内と同様に米粒が高密度に充満するが、その他の部分は米粒は低密度の状態で送穀されているから、給米口から圧迫板に至る一個の空間全体が精白作用を行っているものではない。

本発明は、「多孔壁除糠精白筒を設けた・・・精白室」及び「精白室に加湿装置を設け」た構成であって、「精白室」は、空間としては多孔壁除糠精白筒により限定され、機能としては精白作用により限定されるから、米粒を精白室に送り込む作用しかない「送穀室」は本発明の「精白室」には含まれない。

したがって、送穀室へ加水を行う控訴人製品は、本発明の技術的範囲に属さない。」

2  加水方式の相違

原判決三一頁七行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「この点をさらに述べれば、以下のとおりである。

すなわち、従来、直接加水方式の加湿装置を備えた精米機により米粒を精白した場合、光沢のある白米が得られるが、米粒が水分を吸収して、その吸水部分が膨張し、その後、乾燥する過程で収縮するためひび割れを起こし食味低下となるなど、加湿による弊害があった(乙第一六号証2欄一五行以下、同第一七号証1欄一一行以下、同第六二号証2欄一四行以下、同第六三号証2欄一〇行以下、同第六五号証1欄三四行以下)。

特に、本発明の方式では、米粒表面を水で軟質化させて琢磨作用を行うから、軟化部分は糠として除去されるにしても、軟化部分とそうでない部分の境界の部分は準軟化状態にあり、この準軟化状態はある程度軟らかいので、精白室内における高圧下の琢磨作用により、丁度こてでなでつけたように米肌をぬり固めた状態となり、本発明の実施品であるクリーンライトを付設した米穀業者や本件特許の共有持分者である社団法人日本精米工業会ですら認める食味の悪さの原因となっている(乙第一一号証三一頁ないし三三頁、写真9、10、同八〇号証、八一号証の一ないし五)。

右のような従来からの直接加水方式の欠点を解決する手段として開発されたのが、控訴人製品の間接加水方式すなわち潤糠方式の精米機である。

控訴人製品は、特公平二-二二七〇四号公報(乙第八号証)及び特公平二-四八三〇二号公報(同第九号証)に係る各特許発明の実施品であって、「送穀筒の内周壁面に注水するように加水装置を設ける」構成を採用し、さらに工夫して、送穀室への加水を送穀室の内周面の接線方向に向けて加水している。控訴人製品が採用しているこの潤糠方式は、送穀室の内周面に堆積される糠玉に加水し、ここで糠の堆積と剥離が間断なく行われる結果、粘土糠が形成され、この粘土糠と精白米とを一緒にして精白室に送り込んで混ぜることにより、米粒表面に発生する糠粉を粘土糠に吸着させるとともに、精白米と精白米との間に介在する粘土糠により摩擦係数を高め、米粒間の空滑りによる米温上昇を防止して、低温精米を行なうものである。

このように、控訴人製品の潤糠方式は、粘土糠によって、水分を米粒に直接付着させずに、米肌の糠分を吸着させて米肌をきれいにするものであって、本発明の直接加水方式のように、米粒の表面に直接付与された水分により、米粒の表面を軟化させて琢磨するものではない。

以上のとおり、加水はするが加水の弊害を避けるため極力米粒への水分付着を抑える控訴人製品は、米粒の表面を軟化させる程度に加水する本発明とは、その基本的な加水精米の技術思想が全く相違し、その奏する作用効果も相違する。したがって、本発明では全く意図されていない潤糠方式である控訴人製品が、本発明に何ら拘束されるものでないことは、明らかである。」

3  本件特許の無効原因

原判決三四頁五行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「5 特公昭三二-六七六四号公報(乙第八二号証)記載の加水式の精米研磨機は、本発明の出願よりはるか以前に公知となった加水式の精米研磨機である。この装置は、別の精米機によって精白された米を研磨機に供給し、水などを噴霧によって、精白室に供給する構造であるから、本件公報の図面の最終行程機と構成を同じくし、その作用効果も同じである。

そして、同公報には、「次に供給口1から精米機によつて精白された米粒を供給すれば」(同号証一頁右欄二一行)と記載されているのであるから、この精米研磨機の供給口1を、公知の精米機、例えば特公昭三九-一五二一八号公報(乙第八三号証)記載のような、直列配置された多孔壁除糠精白筒の精白米の排出口に接続することは容易であり、本発明の構成要件たる「多孔壁除糠精白筒を設けた複数個の精白室を直列に配設した流れ搗精行程」において、「終末行程または終末行程寄りの行程に配設した精白室に加湿装置を設ける」ことは、当業者にとって容易に実現できることである。

すなわち、本発明の構成要件は本発明の出願前全部公知であり、本件特許権は無効であることは明らかであり、このような形骸化した名ばかりの特許権に基づく権利行使は、同構造の製品に対する権利行使でも問題のあるところであり、まして、控訴人製品のような本発明よりはるかに進歩した特許発明の実施品に対する被控訴人の本訴請求は、もとより許されないところといわなければならない。」

二  被控訴人の主張

1  控訴人の主張1について

控訴人の主張を争う。

2  同2について

原判決一六頁三行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「控訴人の主張する潤糠式の精米技術に関する理論は、多分に主観的なものであり、客観性を有していない。

この潤糠式の精米技術のキーワードは、「粘土糠」である。この粘土糠が形成されるためには、加湿部位である送穀室の入口で多くの糠が存在することが必要不可欠である。ところが、控訴人製品にあっては、摩擦式を採用した第二精米部において、圧送ファン86から射風孔66を経て噴射される空気流によって、多孔壁除糠筒12の多孔孔を通して摩擦攪拌室15の外に積極的に排出されることから、糠は、米粒の表面にほとんど付着していない。したがって、第三精米部の送穀室に到達した米粒には、縦溝に糊粉層が付着しているものの、遊離糠は多くは存在せず、加湿部位である送穀室入口で、控訴人主張のような糠の堆積と剥離が間断なく行われる結果小さな粘土糠となるという現象は生起しようがない。

また、仮に加湿部位である送穀室において粘土状の糠玉が形成されるとしても、この量は極めて少量であるから、この糠玉が送穀室内周面で堆積と剥離が間断なく行われ、その後、摩擦攪拌室に送られた粘土糠が米粒表面に発生する糠粉を吸着するといった現象が生ずることは、物理的に不可能である。すなわち、米粒の縦溝に付着している糊粉層は、最も除去困難といわれているものであって、これに水分を付与して軟質化し、かつ、粒と粒との相互摩擦作用による精米を行って始めて糊粉層の除去が可能となるものである(本件公報1欄一五行から二四行)。

したがって、控訴人の主張は、根拠がない。」

3  同3について

原判決一六頁一〇行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「6 特公昭三二-六七六四号公報(乙第八二号証)記載の技術は、搗精行程に関するものではないことから、これを特公昭三九-一五二一八号公報(同第八三号証)記載の終末行程の精米装置の後に接続しても本発明の構成にはならない。

また、控訴人の主張は、公知技術からの本発明の容易推考性を主張するにほかならず、発明の進歩性についての判断は特許庁の専権事項であるから、特許侵害訴訟において、このような主張は許されない。」

第三  証拠関係

原審及び当審の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は、原判決認容の限度で理由があるものとして、これを認容し、その余は棄却すべきものと判断する。

その理由は次のとおり付加、削除するほかは、原判決の「理由」と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決四九頁一行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「右事実といずれも成立に争いのない乙第二八ないし第六三号証によれば、本発明の出願(昭和五一年二月二四日)前、精米機の技術分野において、螺旋状の凸状を有する転子により精白筒に米粒を供給する装置を備えた精米機について、送穀作用を営む転子が備えられた空間を、「精白室」とは明確に区別されるものとして記述することが確立されていたわけではなく、個々の装置において、精米装置の目的、課題、精米装置の螺旋転子の奏する作用(送穀、摩擦攪拌、精白作用)等に応じて、適宜、「精白室」に送穀作用を有する部分を含めたり、区別していたりしていたものと認められる。」

2  同五三頁九行目の「一個の」から同一一行目の「精白作用を行う」までを削る。

3  同五五頁八行目末尾に続き、次のとおり加える。

「また、控訴人製品が控訴人主張の各特許発明の実施品であるとしても、本件特許権は、右控訴人主張の各特許発明の出願前に出願されたものであるから、控訴人製品が本件特許権の技術的範囲に属する以上、これを実施することは、本件特許権を侵害するものとなることはいうまでもない。」

4  同六二頁一一行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「5 控訴人は、特公昭三二-六七六四号公報、特公昭三九-一五二一八号公報に記載された発明により本発明の出願前全部公知であり、無効であることは明白であると主張する。

特公昭三二-六七六四号公報(成立に争いのない乙第八二号証)の特許請求の範囲の「目板または金網のような通気性の研磨筒を設け、・・・研磨機を、上下2段に連成し」(同号証二頁左欄九行~右欄二行)との記載、発明の詳細な説明の項の「送風管29は研磨胴16の後部に設けた送風室18に各開口させる、30は送風管29の送風室18に開口する連結管で、その中間にポンプ等によつて水または薬液等を圧送して噴出する噴霧嘴31を設ける」(同一頁右欄四~八行)、「送風管29によつて各研磨胴送風室18からその開口19を通つて研磨ロール20の内部に送入し、周面に樹立されている噴気管25の小孔から胴内に噴気し」(同一頁右欄一六~一九行)、「供給口1から精米機によつて精白された米粒を供給すれば、除塵樋2中を落下するとき吸風機の作用によつて空気流入口3から流入吸引される空気のため分離した糠や塵は米粒より分離吸引されて除去され、研磨胴の開口部に至り、胴内に回転する研磨ロール20の作用によつて・・・米粒の表面を研磨し糠を分離する、この際噴気管25から不断に空気の噴出をなし外胴16内には吸引作用を圧しているので糠は全部排出され米肌は美しく研磨される、」(同一頁右欄二一~三二行)との各記載及び図面によれば、同公報記載の装置は、精米機によって精白された米粒を研磨なる精米研磨機であって、上下2段に連成した研磨機を備え、研磨胴内に回転する研磨ロールの作用によって米粒の表面を研磨するもので、送風管の送風室に開口する連結管の中間に噴霧装置を設け、送風室からその開口を通って研磨ロールの内部に送入された水分を含む噴気が同ロールの周面に設けられた噴気管の小孔から胴内に噴出するものであると認められるが、仮に、同公報記載の研磨機及び研磨ロールの周面に設けられた噴気管が、それぞれ、本発明の「精白室」及び「加湿装置」に相当するとしても、本発明の構成要件である加湿装置を「終末行程または終末行程寄りの行程に配設した精白室に設け」る構成を欠くことは明らかである。また、特公昭三九-一五二一八号公報(成立に争いのない同第八三号証)の特許請求の範囲の記載によれば、同号証記載の装置は、複数の精米機を直列に配置した精米装置であると認められるが、「終末行程または終末行程寄りの行程に配設した精白室に加湿装置を設け」る構成を欠くと認められる。

したがって、本発明が右各公報に記載された発明によりその出願前全部公知であったとは認められず、控訴人の右主張は理由がない。

なお、控訴人は、右前者の発明の研磨機の供給口1を、右後者の発明の直列配置された多孔壁除糠精白筒の排出口に接続すれば、本発明の構成は容易に実現できると主張するが、これは、特許法一二三条一項所定の特許無効の原因の一つである同法二九条二項の規定違反の事由を主張するものであり、その事由の有無は、特許庁における特許無効審判において判断されるべきが相当であるから、右主張は採用しない。」

二  よって、被控訴人の請求を原判決主文第1項ないし第3項の限度で理由があるとして認容し、その余を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

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